顔を上げる。

子供が1人、雪の上にぽつりと立っていた。

すっかり痩せてしまっていて、薄汚れた服を着ている。
幼い顔立ちは、男と女の判別が難しい。

「おじちゃん。」

子供が、口を開いた。
冬の北風に為す術もなく煽られる木の葉のように、頼りない声。

「おじちゃん。僕のママ、知らない?」

子供は続ける。

「ちょっとだけ遊びに行って、帰ってきたら、ママがお家にいなかったの。」

「…そうか。」

「ママ、どこかなぁ。」
「…。」
「夕飯の水汲みなら、ここにいると思ったんだけど…」

子供心にも、母親に何かが起こったのを悟っているのか、心配そうだった。

「僕のママ、キレイだからおじちゃんもすぐに分かるよ!」

「…そうか、」

じゃあ、見つけたらオニーサンがすぐ連れて来てやるからな。

ブラッドはそう言い、子供の艶のない髪をくしゃりと撫でると、井戸を後にした。

「うん!絶対だよ!」

少しだけ元気を取り戻した子供の声に見送られ、ブラッドはその場を後にした。

自然と、歩調が早くなって行く。
腹の底から、嫌なものがせりあがって来るようだった。

脳裏に蘇るのは、数刻前、広場を横切って行った4、5人の兵士とそれに連れて行かれる女。

周りが静かなだけに、広場には女の叫び声がなおさら響いた。

(お願いします!…どうか、命だけは…)
(バルベール様の命令なんだよ!大人しくしろ!)

そうは言っても、彼等は命令でやっていると言うより、むしろそれを口実に自ら楽しんでいるように見えた。

あっという間に、女の声は遠ざかり、聞こえなくなった。

(おじちゃん、僕のママ、知らない?)

「…畜生。」

彼女があの子供の母親かどうかなんて、ブラッドにはわからないが、胸が塞がれる思いだった。
絞り出した声は、かすれていた。

(一体何やってやがんだ…)
「…バルベールの野郎…。」