「…人間よ。そこを退くが良い。」

シルヴァは言った。

刺すように冷たい言葉はもはや、彼女の声ではなくなっていた。

美しい白銀の髪は、どす黒い血の色に染まり、透き通るような肌も紅に塗(まみ)れている。

儀式で裸にされていたので、服らしい服すらも身につけていない。

それは美しくもあり、そして浅ましくおぞましい姿でもあった。

シルヴァ。

否。

彼女は、闇の女神グレスティア。

「シルヴァ、止まれ!この先にはシェルターに避難している者が大勢いる。首都グレストをこれ以上破壊するな!」

ブラッドは、風に負けないように叫んだ。

だが、耳に直接流れこんで来た部下の言葉は、冷ややかで実に落ち着き払ったものだった。

「何を言っている。その者共を皆殺すため、我はここまでやって来たのだぞ。」

「…グレスティア、」

「退かぬのなら、貴様も殺す。さあ退け。」

ブラッドは、動かなかった。

「おいおい…」

ついと眉を上げると、彼女は妖しい笑みを浮かべてゆったりと男に歩み寄った。

「死が、怖くないのか。人間。」

「…怖いさ、当然。」

「ならばなぜ退かぬ!!!」

次の瞬間、ブラッドの首には女の指が深々と食い込んでいた。

あまりの速さに、抵抗する隙さえ与えられなかった。

塞がったばかりな傷口が破れ、鮮血が迸る。

「…返してくれ。」

「何だと?」

「返してくれ。お前が使っているその身体は…俺の部下だ。シルヴァの身体だ…」

彼女は、完全にグレスティアだった。

これでは、中身のシルヴァは死んでしまっているかも知れない。

その指に触れられた瞬間から、なぜだか深い悲しみが全身に流れ込んできた。

身体の苦痛も、心の激痛も、何もかもがごちゃ混ぜになって彼の全身を食い荒らす。

怒り狂う闇の女神の前に立ちふさがるなどと言う愚かなことを、しかし、どうしてそうせずにいられただろう。

そうせずにはいられなかった。

だが、甘かった。

女神に、非力な人間が勝てるはずなどなかったのだ。