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「…ッド、ブラッド。起きなさい。」

声だ。
女の声がする。

そう思ったとたん、海底深くに沈んでいたような意識が一気に引き上げられ、

海面に引きずりあげられた子供のようにブラッドは激しくせき込んで目を覚ました。

身体が、鉛のように重い。

指一本動かすのもつらく感じられて、ブラッドは荒い呼吸を繰り返しながら、しばらくの間動けずにいた。

深く切りつけられたはずの首筋に手をやって見ると、そこは一筋の火傷のあとのように腫れてはいたが、血は出ておらず、すっかり塞がってしまっていた。

(俺、生きてるのか…?)

大きく息をつくと、濃厚な血の味が肺を満たしたが、それが却って自分が今生きてブライトの自室の床に転がっているという現実を示しているような気がした。

「起きた?ブラッド。」

不意に、先ほど聞いた女の声が耳に届いた。

「…あんた、は、」

「久しぶりね。シオナの若き司令官、紅き瞳のブラッド。」

そこに立っていたのは、女神だった。

どこまでも透き通るアイスブルーの瞳に、息を呑むほどの美しい肢体。さらさらとなびく髪は柔らかな春の陽のような良い香りがする。

古代の神のように身体に巻きつけた布が揺れる。

「春の女神…アイ、シエ?」

「覚えていてくれてうれしいわ。グレスティアの気配を感じてここまで来てみたけど…ずいぶんと酷い有様ね。」

「ど、どうして、ここ、に…」

頭がまだ朦朧として、上手く話せないのがもどかしい。

それでも彼女にはしっかりと伝わったようで、春の女神アイシエは勝ち誇ったようににっこりとほほ笑むと、両手を天に向け広げると、こう宣言した。

「賭けに来たのよ、人間の行く末に。」

そうして、彼女はブラッドの後ろに回り込むと、膝を器用に使って重い上半身を起こしてくれた。

「す、すまない。」

「いいのよ。それより、もうすぐ他の女神たちもここに集まるはずだから、それまでにとりあえず起き上がれるようにしておきなさい。」

「ブライトは…」

「…そこよ。」

アイシエが指し示した方。

薄暗がりの闇の中に目を凝らすと、一人の男がその中で力なく横たわっているのが分かった。