「…おい。」

久しく聞いていない声に、振り返る。

(王子の目は、生憎彼女の方を向いてはいなかったが。)

「ジェシカ、今月限りでお前を解雇する。」

「ぇ。」

「お前より指揮官として有能な男がいるんだ。そいつを新しい軍隊長にする。お前はもう用無しだ。」

「………。」

「あぁ、そうだ。デブのジョーム大臣が、貴様を妻に欲しがっていたぞ?無職になった暁には、嫁にでもなってやったらどうだ。」

「…バルベール様。」

ジェシカは、自分の弱々しい声に驚いた。

息が上がる。

心臓の鼓動が嫌にうるさく、耳障りだ。

「お言葉ではありますが…私は、バルベール様に拾って頂いて以来、ずっとあなた様に尽くして参りました。力不足ならば、精進致します…どうか、解雇だけは。」

声が震えるのを抑えられない。

バルベールの冷め切った視線が、ジェシカを突き刺していた。

「主の命が、聞けないと言うのか。」

「バルベール様、どうかお考え直し下さい。私は一生涯、あなた様に仕えたいのです。」

「………」

「バルベール様の剣で在りたいのです。」

「……黙れ。」

ジェシカの訴えは、冷酷な声にかき消された。

バルベールは、怒りに目を細めると、静かに立ち上がった。

「安い言葉並べやがって。…反吐が出る。どうせお前も、いつか私の事を裏切るんだろう。」

「違います!私は……」

「黙れ!何が違うんだ!」

ぱしん。と乾いた音が響く。

ジェシカは、頬に灼熱を感じた。

「馬鹿も休み休み言え。もう下がれ。」

「バルベール様…。」

「下がれ。」

(いつからだろう…彼が私の目を見なくなったのは。)

やっとの思いで、ジェシカは重い頭を下げ、主に背を向けた。