恍惚として語る彼のその表情は、どんな悦楽に溺れているものとも分からない。だが、異様な光景だった。

ゆっくりとこちらに歩み寄って来る上官は、見たことのない表情(かお)をしていた。

「ブライト…?」

一種の恐怖に似た戦慄が、身体を凍えさせる。次の瞬間、ブラッドの肩は、前からブライトにしっかりと捕まえられていた。

急に、張り詰めていた意識がぼんやりとする。

息も詰まるほどの臭気のなかで、苦痛に呻いていた部下の姿。先程目に焼き付いた光景が、意識の果てに遠ざかった。

ブライトは、まるでキスでも施すかのようにゆっくりと顔を寄せて来た。

「なぁ、ブラッド…」

耳元で、ブライトが囁いた。

「ずっと会いたかったんだろ?」

上官は、溶けるように優しく続ける。

「グレイちゃんに…」

囁きは、耳から脳みそに直接流れ込んで来る。ぼうっとなった頭では、上手く考えられない。

「…でも、シルヴァ…が、」

辛うじて、意識を言葉にした。

そう、妹に会いたい。俺が命を奪ってしまった、たった一人の可愛い妹。…だが、俺の部下は、どうなる?

「何だ、そんなこと…」

男は、笑った。

ぞくぞくするほど、甘美な笑いだった。そうして、男は言った。

「忘れてしまえば良いさ。」