「大丈夫かの?」

騒音に混じって頭上で声がする。

…はい。

擦れた声。震えが止まらない。ここで気を失ってしまえたらどんなに楽かと思うと、涙が出た。

しばらく、海水の飛沫と強風に煽られながら飛んだと思う。

どこに飛んだのだろう。いつしか、あたりは嵐も去り、眼下には穏やかで美しい海が広がっていた。

瓦礫の山が見える。

私と、声から察するに「彼女」は、そこから少し離れた高台に降りた。

転がるように地面に身を投げ出すと、激しい嘔吐感に襲われて、私は前後不覚になりながら胃のなかのものの一切を戻した。

その間、「彼女」にしては大きな手が、ずっと背中を擦ってくれていた。

呻きが、嗚咽に変わり、ため息に変わって、それからしばらくして私はようやく落ち着くと、始めて「彼女」を振り返った。

「…ぁ」

「驚いたかの。」

草原に腰を下ろしたその人は、正直醜かった。

とても表現しづらいが、敢えて言うならば人間が、ドラゴンに変身しようとして、それをし損なった様な無様な姿だった。

「…あ、あなたは、」

「我が名はフレイア。炎の女神にして竜の島ガガナの長じゃ。」

「フレイアさん。…ありがとうございました。」

全体的に赤褐色の鱗で覆われて、人間と言うには大きく膨れた体。

だが、不思議と嫌悪感は生まれなかった。

フレイアは今まで出会ったどんな人間よりも、美しい目をしていた。

「お前が、シルヴァじゃな。」

「…はい。」

「母が、最期まで会いたがっておった。残念じゃ。」

「え。」

「少し前に、母が亡くなっての。

だから今、本当は女神の引き継ぎの儀式の最中だったんじゃ。

そこを放たれし魂「デダ」に襲われてなぁ。」

よく生きておった。

彼女はそう言って、私を抱き締めた。久しぶりに触れる温かさ。思わず、大きく息をついた。

「デダは、この世亡き者たちの無念の魂の塊じゃ。

カガナの長は、代々デダを封印することを業として来たのじゃが、わらわが不甲斐ないばかりに

…奴らを封印し切れず世に放ってしもうた。」

すまぬ。

そう繰り返しながら、彼女も泣いているようだった。

はるか遠く海鳴りが、聞こえる。