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時は、ほんの数時間ほどさかのぼる。

明け方。

踏みしめた枯れ葉がカサカサと音を立てて崩れる。

ガーディアナの隣に位置する王国アタキアナ。

気が滅入る程に薄暗く、黒い森の奥の奥。

廃れた町並みに一歩足を踏み入れると、冷たい虚無が肌を焼いた。

強い火薬の匂いに、腐った油の匂い、酒の匂い、乱れた性の匂い。

清々しいそよ風とはおよそ無縁であろう、血生臭く淀んだ空気が肺一杯に満ちる。

ブラッドはジャケットの襟を立てた。

風が身を焦がす程に冷たく、町は薄汚く、暗い。

耳に届くのは、飢えた人間の呻きと、戦に赴く戦士の叫びだけ。

国境を、越える。

そのほんのわずかな境で、風はこれ程までに変わってしまうものなのだろうか。

ブラッドは歩みを進める。

目指すは、アタキアナ軍の本部。

国家警察の権力を盾に脅すも、銃を突き付けて脅すも、とにかく方法は何でも良かった。

とにかく、一刻も早く軍の最高司令官を押さえて、戦争を止めさせなくてはならない。

それは誰の為でもなく、ただ自分自身の為であった。

紅き使者、つまり赤い月がとうとう昇ってしまったのだ。

あれが満ちるまでに女神の涙を集められなければ、それはこの世界の終わりを意味していた。