暫し和やかな会話を交わ
した後、壱加は紗奈恵に
別れを告げた。
そしてそのまま、壱加は
今も尚降りしきる雨の中
を懸命に駆けていった。
『やっべぇ……捻ってた
のすっかり忘れてた』
途中何度も左足に激痛が
走ったものの決して速度
を緩めはしなかった。
その彼の勇姿を、弥嘉が
無意識に目で追っていた
ことなど知る由もない。
***
「随分と久しぶりだな。
元気にやってるか?」
庭に咲き誇る桜と似つか
わしい程の穏やかな顔で
徹は壱加を出迎えた。
「御託はいらねぇから、
さっさとここを通せよ」
それに対して、彼は服や
傘に付着した雨粒を払い
ながらさも不機嫌そうに
吐き捨てた。
「今度は何の用だ?」
壱加の横柄な態度に溜め
息を漏らしつつも、徹は
結局彼を家に上げ用件を
訊ねることにした。
「図書館から帰ってきた
途端弥嘉が人形みてぇに
なっちまった。これだけ
言えば分かるよな!?」
木造の廊下を渡りながら
端的にそう言うと、彼は
徹に鋭い視線を向けた。
「そうか……一応忠告は
しておいたのだが」
「てめぇ!!こうなること
が分かっててわざとやっ
たのかよっ!?」
あまりにも聞き捨てなら
ない発言は、一気に壱加
の頭に血を上らせた。
その直後、彼はすぐさま
怒りに任せて徹の胸ぐら
を掴み勢い良くまくし立
てていった。


