家に帰ると、お母さんが夕食の仕度をしているところだった。
 鼻歌を歌いながらも、手はフライパンを振り、鍋の中身をかきまぜ、とけっこう忙しそう。

「ただいまぁ」

 まだ私が帰ったことを気が付いていない様子のお母さん。
 背後から声をかけて帰宅を知らせる。

「ああ、おかえりなさい」

 チラっとこちらを振り返り、私と隼人くんの姿を確認してから夕食の仕度の準備を再開する。
 トントントン……とリズミカルな包丁を刻む音がキッチンに響き渡る。

「もうちょっとで準備終わるから、手でも洗って待ってて」

 マナ板の上のネギを刻みながら、お母さんが私に話しかける。
 そんなお母さんの後姿を見てからリビングに視線を移す。
 電気は点いているものの、そこには誰も居なかった。
 テレビも消えているため空間を静寂が支配している。

「ねえ、お母さん。カズちゃんは?」

 朝のうちに帰ってるはずだから、てっきり家のリビングに居ると思ってたんだけど……どこかに出かけたんだろうか?
 私がそう思っているとお母さんが、

「カズちゃんならさっき起き出してきてたから……ベランダにでも居るんじゃない?」

 そう教えてくれた。

 ベランダに視線を移すと――いた。

 ベランダの手すりに体をもたれかかせながら、外の風景を眺めている様子。
 そんなカズちゃんの姿を確認して、後ろを振り返る。

「ね、隼人くん」
(ま、まさか……)
「うん、その『まさか』なんだよね」
(『席を外せ』ってか……)
「正解~~~♪」

 なかなか察しのよろしいようで。
 本当にゴメンネ。
 あまりおおっぴらにしたくない話っていうのもあるのさ。