やがて、圭一は女性を階段の手摺りまで連れていくと、挨拶をしてその場を離れた。

反対側のホームで電車を待ちはじめる。

そんな圭一を、菜緒はぼんやりながめている。

そうやって、いつまでも今見た光景の余韻に浸っていたい気持ちになっていた。

”そっかあ。優しいのかあ”

そう思うだけで、菜緒は幸せな気持ちになれた。

誰も気付いていないような、小さなエピソード。

それだけで、充分満足出来る。

実際のところ。菜緒は自分が圭一に対してどんな感情を持っているのか、イマイチよく解っていない。

好きだといえばそれまでだが、話した事もない人間に抱く感情でも無いような気がする。

しかし、結局は心の中では、圭一を想い。目では、その姿を追っている。

だからこそ、こんなエピソードが欲しいのだ。

素直に圭一を想えるエピソードが。