『うん……ほんまにありがとうイチ』 「あぁ」 『―――じゃあ、行くな』 「…あぁ」 壱夜のいつもと変わらない柔和な笑顔を、脳裏に焼き付け背を向ける。 一つ一つ歩を進めるたび、これが本当に最期なんだと思った。 別れがこんなにも辛いなんて、知らなかった。 ―――「陽菜、大好きだった」 風に紛れ、流されて、耳に届いた言葉は気のせいだったんだろうか? 何故か涙があふれて止まらない。 けれど、振り返ることなく夕暮れの中を歩いた。 ―――あれだけ鳴いていた蝉の声は、もう聞こえなかった。