地面に置いたバッグを持ち上げ、先輩が呼ぶ方へ足を向けかけた。




……ふいと、気配を感じた。


花の香りの様に、どこからか漂う気配…。




庭を見渡した僕の目に、隅にあるものが止まる。




椿の木だ。



それほど大きくは無い。

まだ枝も幹も細く、花すら着けてはいない。




……いや、おかしいな。

細くとも、椿は花を着ける木だ。

それに、あの椿の高さ。

多分、僕の身長より高い筈だから、少なくとも180以上はあるだろう。


なのに、その椿は花を着ける事も無く、ひっそりと庭の隅に在る。



まるで、その存在を隠したいかの様に。




病気……なのだろうか。



だが、先程流れてきた気配は、間違い無くあの椿からだった。


何だろう……。






「宗久」

再び呼ばれ、思考から戻された。


気になるが、椿とは後で話をしよう。

今は挨拶が先だな。




慌て走り寄った俺に、深々と頭を下げる女性。

先輩の妻、薫さんだ。


会ったのは、三度目。

一度目は先輩の結婚式、二度目は貴志君の葬儀だった。



「遠い所お越し頂いて、ありがとうございます」