「かつて陽向が慕った男の人生を、お前が取り戻しておやり」
ベッドの上で、彼は魘されているのだと。
私を、母を想い、その純粋な想いで以て、病魔と闘っているのだと。
(―――だからこそ、)
今更ながら、智純はキアランに申し訳なく思い始めていた。
智純は母を亡くし、最早背負っているものはないに等しい。
けれどキアランは、キアランの叔父はまだ生きている。
いつ、その心臓が停まってしまうかの瀬戸際で、それでも彼は、大切な陽向の名を呼び、陽向の娘である私を、気遣ってくれている。
そんな叔父の願いを叶えてやりたいと、キアランはただ一途に願っているのだ。
叔父の人生を背負い、キアランはただひたすら、彼を救う為に。
「―――…はい、じいさん」
全てを容認できたわけではない。
けれど智純は、胸につかえていた痼が溶けたような気がした。
(…「天使」に会いに行こう)
十年前の、あの時間を取り戻すために。
隣に母は居ないけれど、あの海辺のベンチで、「天使」を待っていたあの頃。
今度は、私から会いに行く番だ。


