アリスズ


 ウメは、安らかに横たわっていた。

 大きなお腹に乗せられた、大きな手。

 トーが、歌っていた。

「おやおや、お父さんは楽士さんかい」

 その光景を見て、エンチェルクは本当にほっとした。

 白い髪の男が、来てくれたのだ。

 最初こそ、彼女はこの男を好きではなかった。

 しかし、ウメがおなかの子に苦しめられている間に、感謝は山積みになっていったのだ。

「歌を聞きながら出産とは、何と贅沢なことだろうね」

 歌声に、産婆も心地よさそうだった。

「夜明けの歌だよ」

 キクも、心地よさそうに壁にもたれている。

 これから、子供を産む部屋とは思えないおだやかさだ。

 ああ、助かった。

 エンチェルクは、へなへなと腰が砕けて座り込む。

 本当は、19日でも何でもよかったのだ。

 ウメが無事で、おなかの子が無事ならば。

 ただでさえ不安要素が山積みなのに、そのてっぺんに19日がどすんと座り込んだ事実が、彼女を余計に苦しめていただけ。

「大丈夫よ、エンチェルク」

 出来るだけゆっくりと、とにかくゆっくりと。

 ウメは、呼吸をしようと努力している。

 その息の合間に、名を呼んでくれた。

「おや…随分と早く産まれそうないい子だね」

 ウメを診た産婆が、トーに言う。

 完全に、父親だと勘違いしているのだ。

「きっと、お腹の子も夜明けだと勘違いしたんだな。早く産まれないと、産まれそこなうと慌てているんだろう」

 キクが、笑う。

 歌が、繰り返される。

 朝が来る、朝が来る、と。

 月は落ち、日はもうそこまで来ている、と。

「うっ」

 ウメが、苦しそうにうめいた。

 ああ。

 慌ててエンチェルクは立ち上がり、彼女の側へと駆け寄る。

 そして、その手を取った。

 代わってやることなど、出来ないのだ。

 ただ、ぎゅっと握った。