アリスズ

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 賢者なんか。

 何と、キクらしい言葉だろう。

 リサーが、その椅子に座る日を、どれだけ夢に見ていることか。

 この国の貴族の、どれほどがそれを目指しているか。

 そんなことなど、彼女にとっては『賢者なんか』なのだ。

 ダイが、既に持て余している椅子に、キクは足をかけている。

 こんな椅子、本当は欲しくないだろう?、と。

 いらないな。

 本音が、胸をついた。

 彼は、そんなものなど目指したことはない。

 イデアメリトスの御方は、守りたいと思っているが、それ以外の宮殿の生活は窮屈でしょうがなかった。

 リサーと話すたびに、うんざりする。

 賢者の椅子など、オレには必要ない。

 ダイは、心の中でそれをはっきりと言葉にした。

 その目を。

 キクに視線で捕えられる。

「ほらな…無理矢理、ありがたがる必要なんてないだろ?」

 あっさり。

 心を読まれた。

 ああ、そうかと。

 ダイは、気づいた。

 自分は、賢者の椅子をありがたいものだと、一生懸命思おうとしていたのだ。

 みなが欲しがるその椅子を、本来、もらえるはずなどない農民出の自分が座れるのだから。

 まかりまちがっても、座りたくないとか思ってはならないし、ありがたがらなければならないのだと。

 リサーの持ってくる縁談や説教で、無理にそう思いこもうとしていたのだ。

「ありがたがらなければ、それはただの椅子だ」

 キクは。

 本当は、ダイが賢者になるのを止めに来たのではない。

 それが、分かった。

「ただの椅子なら…座れるだろう?」

 笑う、女。

 笑う、ただの女。

 ああ、そうか。

 ただの椅子に座る、ただの男なら。

 ただの女を──妻にしてもいいのだ。