アリスズ

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 ダイは、官舎の使用人に、二人分の夕食を頼んだ。

 夕食までの時間を待つ間、居間で向かい合うことになる。

 酒場とは違って、二人しかいない空間というのは、少し落ち着かない。

 しかも。

 あのキクが、ダイに用事もなく会いに来たというのだから。

「私は、何も持ってないからな」

 ソファで、彼女がそう笑う。

 持ってないことを、悪びれている様子はない。

「いまは、持っているだろう」

 自分用の酒を出しながら、ダイは彼女の両手を見た。

 言葉に、その指がぴくりと動く。

「訂正…人にあげられる物は、何も持っていない、だな」

 キクも、自分が姉妹の命にこだわっていることは、自覚しているようだ。

「持っていないから、こうして会いに来るしかない」

 飲むかと掲げた酒に、キクは笑いながら首を振った。

 ダイは、言葉の意味など分からない。

 時々、彼女はこんな奇妙な言葉回しをする。

「何もいらん」

 だが、必要なものなど、ダイにはなかった。

 既に、自分は持ちすぎていると思っているほどだ。

 だから、とても身が重い。

 もはや自分は、ただ剣を振っているだけの下っ端では、なくなってしまったのだ。

 あの頃と、大して変ったとも思えないのだが。

「ああ、分かっている」

 キクは、軽く伸びをした後。

 細めた瞳を、こちらへと向けるのだ。

 一瞬。

 はっと、視線を奪われずにはいられない強い視線。

「ひとつだけ、言ってもいいか?」

 その瞳を、笑みの向こうに押し込みながら、キクは唇を開いた。

 ダイが頷くのを待って、彼女はこう言ったのだ。

「賢者なんかに…ならなくてもいいんじゃないか?」