アリスズ


 さて。

 菊は、ひとつ悩まなければならなかった。

 トーの残した言葉が、彼女を思考の泉に投げ落としたのである。

 と言っても、子供の話ではない。

 トーが、なぜこのタイミングで、彼女の家を訪ねてきたのか。

 何気なく聞いたら、意外な答えが帰ってきたのだ。

 文が届いた、と。

 ある日、兵士がトーを追ってきて、たった一行の文を届けたと言うのだ。

『姉妹に会われたし』

 ん?

 微妙な心当たりに、菊はあの門下生を捕まえた。

 お前が追い掛けたのは、白い髪の男か、と。

 否定は、しなかった。

 職務なのでと、素直に答えはしなかったが、否定もまたなかったのだ。

 まいったな。

 あの男が。

 ダイが、酔った彼女の言葉を、真正面から受け止めたのだ。

 そして、部下もろとも、仲良く減給という有様。

 さて。

 社会的な恩は、梅が子供を産んでもなお無事であったなら、彼女が返すだろう。

 では、菊はどうすればよいのか。

 彼女は、何も持ってはいなかった。

 金もなければ、職もない。

 いわゆる、梅のヒモ。

 いままでは、なにもなくても、困らなかった。

 だが、いざ誰かに礼をしたいと思った時。

 菊には、命ひとつと刀一振りしかなかったのだ。

 そして、あの男は誰かに守られる必要もない。

 十分に、強いからだ。

 命か、刀か。

 その選択肢を、菊が深く悩むことはなかった。

 簡単だった。

 ダイは──どちらも欲しがらない。