アリスズ


 トーは、頻繁に梅のところへと現れた。

 それを、菊と同じくらい喜んだのは、おそらくマリスだろう。

 彼は、ついに念願叶って、歌う男を目撃出来たのだから。

 しかも、夜に。

 梅の腹の子を寝かしつけるかのように、トーは夜によく現れたのだ。

 マリスは、白い髪の男に話し掛けたりはしなかった。

 ただ、夢中で筆を走らせるのみ。

 黒い月の下では、さしたる色も分からないというのに、この画家の頭の中では、そんなことは障害にもなっていないようだった。

 かくして。

 不思議な構図が、ここに完成した。

 未来のために、子を残そうとする梅のために歌うトーを、絵として残そうとするマリス。

 さて。

 この構図から、あぶれた者がいる。

 エンチェルク――ではなく、菊だ。

 トーのおかげで、具合がよくなった梅が仕事へ行くので、エンチェルクも忙しかった。

 剣を振る以外、さして能のない彼女に出来ることは、やはりただ剣を振るだけ。

 そんな菊に、トーがこう聞いた。

「子は、産まないか?」

 彼は、随分と人らしくなってきた。

 でなければ、人にこんなことなど言ったりしないだろう。

 トーに、欲が出てきたのだ。

 家族を、増える喜びを知り、増えることを望み始めたのか。

 おかしかったのは、自分にそんなことを言ったからではない。

 菊も女ならば、いつかはそんな機会がくるかもしれない。

 彼女は、いつも自然体のつもりだった。

 おかしかったのは。

 次の言葉を、トーが付け足したからだ。

「もし必要なら、いつでも私を使うといい」

 菊は、笑いながら答えなければならなかった。

「間に合ってるよ」