△
トーは、頻繁に梅のところへと現れた。
それを、菊と同じくらい喜んだのは、おそらくマリスだろう。
彼は、ついに念願叶って、歌う男を目撃出来たのだから。
しかも、夜に。
梅の腹の子を寝かしつけるかのように、トーは夜によく現れたのだ。
マリスは、白い髪の男に話し掛けたりはしなかった。
ただ、夢中で筆を走らせるのみ。
黒い月の下では、さしたる色も分からないというのに、この画家の頭の中では、そんなことは障害にもなっていないようだった。
かくして。
不思議な構図が、ここに完成した。
未来のために、子を残そうとする梅のために歌うトーを、絵として残そうとするマリス。
さて。
この構図から、あぶれた者がいる。
エンチェルク――ではなく、菊だ。
トーのおかげで、具合がよくなった梅が仕事へ行くので、エンチェルクも忙しかった。
剣を振る以外、さして能のない彼女に出来ることは、やはりただ剣を振るだけ。
そんな菊に、トーがこう聞いた。
「子は、産まないか?」
彼は、随分と人らしくなってきた。
でなければ、人にこんなことなど言ったりしないだろう。
トーに、欲が出てきたのだ。
家族を、増える喜びを知り、増えることを望み始めたのか。
おかしかったのは、自分にそんなことを言ったからではない。
菊も女ならば、いつかはそんな機会がくるかもしれない。
彼女は、いつも自然体のつもりだった。
おかしかったのは。
次の言葉を、トーが付け足したからだ。
「もし必要なら、いつでも私を使うといい」
菊は、笑いながら答えなければならなかった。
「間に合ってるよ」
トーは、頻繁に梅のところへと現れた。
それを、菊と同じくらい喜んだのは、おそらくマリスだろう。
彼は、ついに念願叶って、歌う男を目撃出来たのだから。
しかも、夜に。
梅の腹の子を寝かしつけるかのように、トーは夜によく現れたのだ。
マリスは、白い髪の男に話し掛けたりはしなかった。
ただ、夢中で筆を走らせるのみ。
黒い月の下では、さしたる色も分からないというのに、この画家の頭の中では、そんなことは障害にもなっていないようだった。
かくして。
不思議な構図が、ここに完成した。
未来のために、子を残そうとする梅のために歌うトーを、絵として残そうとするマリス。
さて。
この構図から、あぶれた者がいる。
エンチェルク――ではなく、菊だ。
トーのおかげで、具合がよくなった梅が仕事へ行くので、エンチェルクも忙しかった。
剣を振る以外、さして能のない彼女に出来ることは、やはりただ剣を振るだけ。
そんな菊に、トーがこう聞いた。
「子は、産まないか?」
彼は、随分と人らしくなってきた。
でなければ、人にこんなことなど言ったりしないだろう。
トーに、欲が出てきたのだ。
家族を、増える喜びを知り、増えることを望み始めたのか。
おかしかったのは、自分にそんなことを言ったからではない。
菊も女ならば、いつかはそんな機会がくるかもしれない。
彼女は、いつも自然体のつもりだった。
おかしかったのは。
次の言葉を、トーが付け足したからだ。
「もし必要なら、いつでも私を使うといい」
菊は、笑いながら答えなければならなかった。
「間に合ってるよ」


