アリスズ


 二か月、かからなかったものと言えば。

 門下生の一人が、それくらいの期間、道場に顔を出さなかった。

 久しぶりに顔を出した時、彼は済みませんと頭を下げてくる。

「どうした? 隊長にコキ使われて、道場に通う暇もなかったか?」

 そんな冗談で、菊が軽く流そうとしたら、男は神妙に応えた。

「逆です。隣領まで行って来いと言われて、余計なところにまで行って来たので、隊長に絞られました」

 ダイに絞られる。

 菊には、それを上手く想像できそうになかった。

「あいつは…どんな風に絞るんだ?」

 つい興味を抱いて、彼に聞いてみる。

「はぁ…隊長は命令を復唱させて、目で『分かっているな?』と訴えかけてきます」

 あまりに。

 あまりに簡単に、その様子が思い浮かんで、菊は吹き出してしまった。

 絞ると言っても、あのダイが、ひたすら小言を並べることなどありえないのだ。

「隣領と言えば、往復二~三日の距離か。そんなところに遣いにやって、1か月以上帰ってこないんじゃ、ダイでも絞るだろう」

 木剣を、彼に渡す。

 彼に、久しぶりの稽古をつけようと思ったのだ。

「減給1カ月だそうです」

 笑った彼に、後悔は微塵もない。

 いい仕事をしたと、思っているのだろう。

「隊長も、その辺は厳しいんだな」

 部下に、減給を言い渡している姿は、なかなか思い浮かばない。

「ええ、厳しいですよ。私と隊長、両方減給1カ月ですから」

 構えかけた木剣を、菊は止めた。

 奇妙な話を、聞いた気がしたからだ。

「隊長も、か?」

 命令を破ったのは、この男ではないのか。

「ええ…隊長もです」

 そういう方なんです。

 笑うこの男を見ていると、菊も笑みが浮かぶ。

 随分、ダイは部下に好かれているようだ。

 それが──心地よかった。