アリスズ


 目の前にいるのは、キクとウメとエンチェルク。

 後ろに荷馬車を待たせ、アルテンは彼女らの前に立った。

 絵描きは、既に小さくなって荷馬車に積み込まれている。

「キク…また会いましょう。近くに来られたら立ち寄ってください」

 彼女とは、また会える気がした。

 いくつになっても、きっとキクはアルテンよりも強く、目の前に立ってくれるだろう。

「領主の訪ね方など知らんが、それでもよければ寄らせてもらおう」

 彼女は、いつも通りの受け答えだ。

 軽い風のようであり、どっしりとしているようでもある。

 彼が心配することなど、何もない。

「ウメ…」

 彼女を見ると。

 ウメは、穏やかに微笑んでいた。

 その細い身体を、かき抱きたい衝動にかられ、アルテンはしばしの沈黙を必要としたのだ。

 身分の差だけというのならば。

 たったそれだけの壁ならば、アルテンはいかようにしても乗り越えたことだろう。

 だが、彼女は都へ残り、そしてその子もまた、彼女の意思を継ぐ者として産む気なのだ。

 とても。

 とてもウメは、領主の妻におさまる者ではない。

「梅…『さようなら』、だ」

 出来うる限り、アルテンはその音を再現した。

『梅』と。

 キクがいつも姉妹を呼ぶ音は、自分が彼女を呼ぶ音とは違う。

 その耳で覚えた音を、ようやく彼は音にした。

 そして。

 別れの言葉を。

 彼女たちの国の言葉を、口にしたのだ。

 キクが、教えてくれた言葉だった。

 そうあらねば、ならぬというのなら。

 君が都へ残り、志を遂げたいと望むのならば。

「さようなら…アルテンリュミッテリオ」

 もしも。

 もしも、梅が涙を浮かべていたのなら。

 アルテンは。

 きっと耐えられずに──彼女をさらってしまっただろうに。