アリスズ


 自分は、きっと── 一度、死んだのだ。

 梅は、そう思っていた。

 夢の中で聞いた婚姻の儀式の時、既に彼女の魂はこの身を離れかけていたのかもしれない。

 それを、引き戻された。

 白い獅子によって。

 彼は、更に目覚めた梅の唇の中で、歌を歌った。

 肺に。

 分厚い梅の肺に。

 風が吹き込まれた。

 苦しいほどの歌の風。

 まるで、固いゴム風船を膨らますかのように、獅子の風が梅の肺を膨らましたのだ。

 あ。

 唇が離れた時。

 生まれて初めて、自分がちゃんと呼吸をしていることを感じた。

 吸っても吸っても苦しいはずの空気が、きちんと肺に入ってきた気がしたのだ。

 ああ。

 息が。

 息が、出来る。

 その変化は、前と比べてほんの少しだけだったのかもしれない。

 しかし。

 3分しか動けなかった自分が、確実に5分は動けるようになった気がしたのだ。

 デッドエンドの鎖を、彼は少しだけ梅から遠ざけてくれたのである。

 菊の連れてきた獅子。

 あの人が、きっと桜を咲かせた男なのだろう。

 死にかけた代償として、梅は前よりもほんの少しだけ健康を手に入れるという奇跡に浴した。

 ほんのわずかでも、梅にとっては生死を分けるほどの大きな違い。

 いまならきっと。

 きっと出来る。

 そう心の中で信じた時。

 アルテンに──口づけられた。