アリスズ

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「シケた顔してるじゃないか」

 宮殿内部で、こんな気軽な声をかけてくる人間を、ダイは一人しか知らなかった。

 キク、だ。

 彼女は、近衛兵の詰所と東翼への出入りを許されている。

 東翼には、まもなく正妃になる女性と、その子たちがいるのだ。

 貴族の黒幕も突き止められず、トーも都から出せない男。

 それが、いまのダイだった。

 気分の浮かれようもない。

「疲れた顔をして見えるぞ…シャキっとしろよ」

 腕を、軽くポンポンと叩かれた。

 ふぅと一つ息をついて、ダイは開いている目に力を込める。

 確かに、近衛隊長が疲れているように見えるのは、よくないことだ。

 部下の士気にも関わる。

 そうして、ダイがいつもの自分に戻ろうとした時。

「た、隊長…大変です!」

 一人の兵士が、大慌てで飛んでくるではないか。

 反射的に、ダイはその男が誰か分かった。

 名前や階級ではない。

 どこの担当をしている人間か、だ。

 東翼の、とある執務室の警護をしている。

 その主は、貴族でもなく、この国の国民でもない。

「ウメさんが…」

 男は、上がる息の陰からその言葉を洩らした。

 様ではない、気楽な敬称で呼ばれているようだ──そんな悠長なことを考える思考は、いまはない。

「ウメさんが……消えました」

 不思議な、言葉だった。

 死でも怪我でもなく、誘拐か自分の意思での失踪だというのだ。

 この宮殿内で。

「門から出る、全ての荷馬車を止めろ!」

 ダイの判断は、適切だった。

 一番効果的な、手段だったはずだ。

 だが、兵士はワケが分からないというように、頭を打ち振ったのだ。

「それが…彼女が消えたのは…地下図書室なんです。私は、ずっと扉の前で待っていました! ずっとずっと待っていたのです!」

 地下図書室。

 出入り口は、たった一つの扉のみ。

 窓もなく、綺麗に密封された石に囲まれた世界。

 どこにも──消えられないはずの部屋だった。