アリスズ

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 余裕はない。

 キクの腕は、とにかく確かだ。

 何気なく振り出された剣にも、きちんと意味がある。

 一撃を決めるための、補助的な振りもあるのだ。

 崩すための技、打ち据えるための技、惑わすための技。

 剛の技のみに進み、それのみで生き残ってきたダイは、自分もまたすばらしい剣技の持ち主に、多く出会って来なかったことを痛切に感じたのだ。

 長い泰平の中、野党狩りか、護衛や警備ばかりで、兵士の腕が実戦で鍛えにくくなっているせいもあるだろう。

 最初から、身体に恵まれた力の強い者を中心に集め、力のみで鍛えるに過ぎないのだから。

 いつか。

 いつか、この泰平が打ち崩される日が来るかもしれない。

 その時、兵士はおまけ程度で、すべてイデアメリトスの君の魔法に頼るのか。

 そんな、腑甲斐ない真似、出来るはずがなかった。

 初めて。

 ダイは、初めてその思いを言葉として理解した。

 こいつが、欲しい。

 剣というものを、彼女は理解している。

 ダイが、力で薙ぎ倒している間に、キクは剣という言葉で語っているのだ。

 剣の言葉を、彼女はきっと人に伝えられる。

 その言葉は、力のないものにも等しく届くだろう。

 ただ。

 ただただ、美しい。

 武骨で、ただイデアメリトスの君を守ることだけに懸命だったダイの目に、彼女はとても美しく映るのだ。

 部下が、二人の戦いに目を奪われていることも気付かず――彼は、キクに目を奪われていた。