アリスズ


 目が覚めたら──エンチェルクの泣きそうな顔があった。

「……!」

 彼女は、何か梅に熱烈に訴えようとしたが、言葉がうまく出せないようだ。

「だから、大丈夫だと言ったろう」

 そんな側仕えの向こうから、アルテンが近づいてくる。

「心配かけたのね…ごめんなさい」

 穏やかになった自分の呼吸を確認しながら、梅はエンチェルクに微笑んだ。

 彼女の前で、意識を失うのはこれが初めてだった。

 だから、余計に心配したのだろう。

 既に、太陽が登ろうとしている。

 その間、エンチェルクは一睡もしなかったのか。

「よか…った」

 ううっ。

 ようやく安心できたのか、彼女はぼろぼろと泣きだしてしまう。

 梅は、そんなエンチェルクをなだめながらも、昨夜のことを思い出していた。

 あの男たちは、彼女をあからさまに敵視した。

 イデアメリトスの君と、同じ人種だったからだ。

 ということは。

 彼らの言う『あっち側』というのは、イデアメリトス側──現在の政治体制側。

 だから、兵士の護衛がいるにも関わらず、襲ってきたのだろう。

 逆に、兵士の護衛がいるからこそ、イデアメリトス絡みと判断したのか。

 反体制側。

 歴史書では、滅ぼされたことになっている一族がいる。

 だが、本当に滅ぼされたというのならば、何故最初の草原で、『彼ら』は追われていたのか。

 追ってきた集団は、組織だっていた。

 その上、ただの夜盗では持ち得ない怒りが渦巻いていた。

 彼らは、おそらく月の者と呼ばれる血だろう。

 だが。

 現体制に、勝てる力はない。

 イデアメリトスの旅路を狙って、横やりを入れるのが精いっぱい程度。

 民衆に不満はなく、味方につけられないのだろう。

 第一。

 民衆は──夜を恐れている。

 不吉と呼ばれる月の、味方にはならない。

 うまいことやるわね。

 梅は、イデアメリトスの政治手腕に感心しつつも、不遇な夜の扱いを残念に思ったのだった。