アリスズ


 護衛の兵士は二人。

 一人が、馬を荷馬車から外し単騎で次の町へと走り、替えの車輪と職人を連れて戻ることとなった。

 それまでは、この峠の途中で、のんびりと待っているしかないようだ。

 傾いた荷馬車に乗っているわけにもいかず、梅は街道の脇で休むことにした。

 エンチェルクが、甲斐甲斐しく膝かけを持ってきてくれる。

「ついてないですね」

 あーあ、と彼女は動けなくなった荷馬車と、残された兵士を見る。

 短い旅路の間、エンチェルクは兵士と仲良くなっていた。

 彼女は、身分こそ平民ではあるが、それなりによい生まれのようだ。

 でなければ、領主の屋敷で側仕えとして働くことは出来ない。

 そんなエンチェルクだが、低い階級の兵士と話すことは、まったく抵抗がないように見える。

「だって、その方が都合がいいでしょう?」

 彼女は、そうニコニコと笑うのだ。

「長い旅ですもの。仲良くしておけば、いつでも気軽に『助けて』って言えるじゃないですか」

 可愛らしい打算だった。

 梅が、ついぷっと吹いてしまうほどの、堂々とした打算。

「あなたには、感謝しているわ」

 旅の中で、『助けて』と言わなければならないことの多くは──梅のことだ。

「ええ? か、感謝って…」

 話の流れについていけず、彼女はおろおろとし始めた。

 その様がおかしくて、またくすくすと笑いながらも、梅はふと自分を振り返った。

 梅は、『助けて』と言わなくなっていた。

 この病は、ただ苦しいだけ。

 いまのところ、死んだことはない。

 じっと我慢をしていれば、そのうちよくなる。

 そんな病に、他人の手を煩わせるのがいやだったのだ。

「食事でもとりましょうか…兵士さんも一緒に」

 あの兵士が、彼女らの護衛についたのは、偶然。

 しかし、この縁がどこに続いているかは分からないのだ。

 人のために、誰かの助けを必要とすることもあるだろう。

 だから。

『助けて』と、言うための可愛い打算を──梅も少しだけ覚えてみたいと思った。