アリスズ


「私は女だが…それがどうかしたか?」

 多少、そこに拘りがないわけではない。

 弟が生まれたことで、自分の性別を浮き彫りにしたこともある。

 しかし、菊は女である自分を、別に嫌ってはいないのだ。

 これまでもこれからも、うまく付き合っていくつもりだ。

「ああ…そうだな…どうかしたわけじゃない」

 ダイが、ぽりぽりと自分の額をかく。

 その大きな手。

 女である菊には、確かにないものだった。

「あ…いや…」

 彼は、うまく言葉を探せないようだ。

 珍しく長い言葉をしゃべっていたせいか、ダイの言語中枢は売り切れになってきたのか。

「女だから、あまり無茶するなって言ってくれたのか?」

 笑いながら、菊は言葉を補完してやろうとした。

 言われ慣れない言葉ではあるし、余計なお世話ではあったが、何故かダイが言うと素朴な心配に聞こえる。

「いや…多分…違う」

 彼は、考え込んだ。

 濁った水の中に落としたものを、手探りで拾うかのように。

「無茶をすると…困る」

 何を、その手に掴んだのだろうか。

 ダイが、自分の言葉にさえ怪訝そうな音で、とつとつと言葉を紡ぐのだ。

「はぁ?」

 つながりが分からずに、菊は語尾を上げてしまった。

「お前が無茶をすると…オレが困る」

 ダイの目は、静かなままだ。

 真面目に、拾い上げたものの破片を、ひとつずつ読み上げているだけ。

 彼女は、頭の中でこれまでの破片を組み立て始めた。

 菊は女→無茶をするな→ダイが困る。

 あー。

 何となく分かったような、分からないような。

 多分、ダイの方がよく分かっていない。

「それなら、またダイを困らせることになると思うぞ…悪いな」

 微かな幸福にも似た感情が、菊の中をぐるりと巡った。

 ああ、自分の中にもこんなものがあったのか。

 初めて出会う感情を持て余しかけ、菊は適当に挨拶を済ませて部屋を出ようとした。

 なのに。

「キク…」

 呼び止められた。