アリスズ


「農林府でね…」

 景子は、とりあえずアディマの興味のありそうな話題を口に出してみた。

 畑に水を張るための治水の話や、連作障害解消のための話を、彼女は夢中になって話したのだ。

 自分の好きな話のせいで、どんどん言葉に熱がこもってゆく。

 最近、本当に仕事がしやすい気がした。

 温室の報告書も、別の部署の目にとまったらしい。

 ロジューのところに、今度農林府から視察団が向かうという。

 暑季地帯でしか取れない薬草などを、都の近くで栽培するために活用したい──話が、いろんな方向に膨らんでいた。

「室長も、最近あまり怖くないから、仕事場の居心地がいいの」

 にこにこしながら、景子は順調な仕事をアディマにアピールした。

 農林府に入れたことを、彼が喜んでくれると嬉しいと思ったのだ。

「そうか…よい上司に恵まれたね」

 ソファの隣に座るアディマの金褐色の目が、一度細められた後、微かに何かを考える瞳に変わる。

「室長は、何かケイコに言ったかい?」

 ふと。

 彼の唇が、不思議なことを言った。

 ???

 質問の意味が分からない。

「ええと…仕事の話くらいしか…あ、一回だけ結婚しているかどうか聞かれたかな」

 さして多くはない、室長との記憶を、景子は軽く掘り起こしてみた。

「アディマの叔母様の勧めで、結婚したことにしているので…そう答えておいたんだけど…」

 だ、だめだった?

 景子は、ちょっと心配になりながら、彼を見た。

 アディマは、穏やかに目を細める。

「ああ、聞いたよ。便宜上とは言え、嘘をつかせてしまっているね…すまない」

 彼は、もう室長の話は出さなかった。

 ただ、優しく肩を抱いてくれる。

 不甲斐ない自分自身を、厭わしく思ったのかもしれない。

「嘘は苦手だけど、アディマとの子供を授かったのは、すごく嬉しいのよ…それは本当」

 にこにこと、景子は笑ったのだ。

 けれども──暗雲は、すぐそこに近づいてきていた。