アリスズ


「元気そうだね、ケイコ」

 人払いされたアディマの部屋。

 ロジューに、部屋まで送ってもらったのだ。

『年下に偉くなられると、腹が立つものだな』

 彼女は、とても分かりやすい理由で立腹していた。

 これまで彼女より偉いのは、君主である兄だけだったのだろう。

 既にアディマは、正式な世継ぎとして認められたという。

 そうなると、順序的に君主、アディマ、ロジューということになるらしい。

 だから、アディマの頼みを断れない──というのは、建前だろう。

 景子を送ることもきっと、心底嫌なことではないのでやってくれたのだ。

「アディマも元気そう…ね?」

 近づいてくるアディマが、優しく彼女を抱き寄せる。

 景子の言葉が、疑問形になったのは、そんな彼の行動に思うところがあったからではない。

 彼女を抱きしめながらも、何か気になることがあるような様子だったのだ。

「大丈夫?」

 胸元に埋めていた顔を、真上に持ち上げて彼を見上げる。

 光はいつも通りなので、体調が悪いというわけではなさそうだ。

「大丈夫だよ…ケイコ」

 もう一度、ぎゅっとされる。

 上の空ではない。

 腕の中で、彼女の形を確かめるように抱きしめるアディマは、他にも考えなければならないことがたくさんあるのだ。

 この国を、継がなければならないのだから。

「ケイコ…今日は、このままこの部屋にいておくれ。普段、一緒にいられないのだから、ゆっくり話をしよう」

 それでも。

 彼は、その貴重な時間を、景子と共に過ごそうと願ってくれるのだ。

 彼女もまた、アディマの身体をぎゅうっと抱き返した。

 話したいことは、たくさんたくさんあった。

 一晩では、到底足りないほど。

 大半は、彼にとっては取るに足らないことだろう。

 それでも、アディマの心が少しでも晴れるなら、景子はそうしたいと思ったのだ。