アリスズ


「そういえば、スレイが面白い話を持ってきたぞ」

 ロジューは、ふと話を変えた。

 スレイとは、景子の夫役であり、彼女のおなかの子の父親である黒褐色の肌を持つ男だ。

「北の中季地帯の方から、奇妙な噂が流れてきているらしい」

 その声は、面白がるようであり、何かを探るようであり。

「何でも、奇跡を起こす歌を歌うものがいる、とか」

「はぁ…」

 景子は、首をかしげながら、頼りないあいづちを打った。

「何だ、お前も北の中季地帯の辺りから来たと聞いていたから、知り合いかと思ったら違うのか」

 彼女から、何か情報が得られると思ったのだろう。

 奇跡というものを、ロジューは魔法だと判断したのか。

 い、いや、日本人ってそんなに魔法使える人いませんから。

 自分のこの能力が、普通ではないのだ。

 しかし、そんなことをロジューが知るわけもない。

「男の二人づれで、片方は珍しい剣を使うというが…面白そうだとは思わんか?」

 奇跡の歌の2人組は、どうやら彼女の興味を大きく引いたらしい。

 だが、景子がひっかかったのは、『珍しい剣』という方だった。

 あれ?

 彼女の想像の中に、ある人物が浮かび上がったのだ。

 男ではないが、よく間違えられる女性だった。

 ま、まさか。

 彼女が、歌で奇跡を起こせるとは思えない。

 だが、ロジューは言ったではないか。

 二人づれ、と。

 もう一人の男が誰であるか、景子が想像つくはずもなかった。

 菊が、誰かと一緒に旅をしているのだろうか。

 森で出会った、アルテンとかいう人だろうか。

 景子は考えに夢中になるあまり、つい無意識でうなってしまっていたようだ。

「まんざら、まったく心当たりがない、というワケでもなさそうだな」

 ロジューが、視線をこちらに向けて楽しげに目を細め始める。

「その珍しい剣を持った人が、実は女性というのなら心当たりはあります…」

 既に──景子の頭には、すっかり菊の姿が焼き付いていたのだった。