アリスズ


 到着した家は、いかにも中堅貴族の屋敷だった。

 現れたのはうら若い女性。

 しかし、彼女は景子やネイディが農林府の役人であることを確認し、使用人によって運び込まれる室長を見た後、つまらなそうにどこかへ消えてしまったのだ。

 最初に現れたということは、この屋敷の名代を預かる立場だろうに。

「室長は、長男じゃないんだよ」

 景子が怪訝な顔をしていると、ネイディが小さくぼそりと補足してくれた。

 ああ、そうか。

 長男以外、貴族の名を継げないのだ。

 この様子を見れば、彼は兄の屋敷に、居候という形を取っているのだろう。

「既に、父親も母親もいらっしゃらないからね、室長は。生きていれば、次男にも屋敷のひとつくらい与えたんだろうけど」

 ネイディは、貴族名鑑でも持っているのではないかと思えるほど、妙な知識がある。

 ロジューを、日向花の名で呼んだこともあったし。

「お医者様、呼んでもらえるのかな」

 景子は、さっきの若い女性の態度を思い出して、心配になった。

 少なくとも、夫が帰ってくるまでは放置しそうな気がする。

「さあね…でも、もう僕たちが関与するところじゃ…って、おい」

 ネイディは、驚いた声をあげた。

 景子は、運び込まれる室長の後に、ついていこうとしたのだ。

 あの光は、本当によくない光のはず。

 景子は、自分を信じようと思った。

 自分のこの、見るしか出来ない目を、ちゃんと理解しようと思ったのだ。

 寝ていれば治るレベルは、とうに越えている。

 頭を冷やすことだけでも、やらなければ。

「すみません、お水と冷やすための布と…」

 ベッドに寝かされる室長を見届けた後、立ち去ろうとする使用人たちに頼みごとをする。

「まったく…知らないぞ」

 扉のところで、ネイディが唸った。

 彼女のことを、いろいろ気にかけてくれるいい人だ。

 なんだかんだいいながら、こうして付き合ってくれるのだから。

 男手が増えたことに、彼女は喜んだのだ。

「ああ、よかった。ネイディ、室長を着替えさせてあげて」

 そして──にっこり笑ってお願いごとをするのだった。