アリスズ


「おはようございます!」

 景子にとって、次の壁は農林府だった。

 久しぶりの出勤なのだ。

 いくら、ロジューのところに連れ去られていたとは言え、きちんと説明をしなければならないだろう。

 案の定。

 周囲の視線は、冷ややかだった。

 ネィディだけは、あらぬ方を見ているが。

 ただでさえ、農林府に飛び入りした景子である。

 実績らしい実績を上げないまま、長期休暇とはいい度胸どころではない。

 机の上に、ぽつんと置かれた割れた硝子の袋が、所在なげに彼女を待っていてくれた。

 だが。

 景子も、多少の言い訳は用意していたのだ。

 それは。

「これが、イデアメリトスの妹君の屋敷に完成した温室の設計図と、植えた植物の一覧です。時々、様子を見に行きたいと思います」

 集めた資料は、ロジューの屋敷でまとめていたのだ。

 ちゃんと仕事はしてきたんですー!

 景子は、それを一生懸命アピールした。

「分かった」

 青白い顔の上司──室長は、一言だけ答えるとその資料を受け取り──横の書類の山の上に積んだ。

 分かったといいながら、彼は『温室』という新しい言葉に対して、何の反応も示さない。

 景子の話など、聞いていない証拠だった。

 あはは。

 毎度おなじみの光景とは言え、彼女は軽い汗をかきながら、自分の席へと戻ったのだった。

 ただ。

 仕事とは別に、物凄く気になることがあった。

 青白い顔の上司を、包んでいる光だ。

 非常に小さく、時々光がはぜるように点滅している。

 景子は、自分の席からしばらく、彼の光を見ていた。

 昔見た、いやな記憶の光に、似ているように思えたのだ。

 さっき、自分に対してなにも小言を言わなかったのは、言う気力さえなかったのではないだろうか。

 そんな素振りなどおくびにも出さずに、室長は書類をこなし続けている。

 ちらちら彼を見ながら、景子は一人で勝手にはらはらしていたのだった。