アリスズ

☆
 その小屋は、ジャングルの向こうにあった。

 景子がまだ、踏み込んだことのなかったところだ。

「スレイピッドスダート!」

 その小屋の戸を、ロジューは押し開ける。

 中にいたのは、目深にかぶったフードとローブで、全身を隠した男だった。

 この中暑季地帯で、こんな恰好をしている人間などいないので、その姿は異様にさえ感じる。

「ロジューストラエヌル…」

 ため息混じりのその声は、「今度は何だ」とでも言いたげだった。

 いつも、厄介事を持ちこまれているのだろうか。

 そのフードの中の瞳が、オマケの景子を映す。

「これがケーコだ…お前の妻役になる女だ」

 顔くらい、知ってないといけないだろう。

 腰の引けている彼女を、ロジューは前に押し出した。

 ああ。

 前に言っていた、夫役という人への紹介だったのか。

「あの…お手数かけます…」

 おそるおそる、景子は頭を下げた。

 こういう相手を前に、どんな顔をしたらいいのか、さっぱり分からない。

 見ず知らずの人が、自分の夫ということになっているのだから。

「知っている…」

「お前が知っていても、ケーコはお前を知らない。さあ、フードを取って顔を見せてやれ」

 男の不機嫌な声にも構わず、ロジューは畳みかけた。

 やれやれ。

 彼は、うるさそうにしながら、その両手をフードにかける。

 その時点で、既に分かることがあった。

 両手は、アディマやロジューよりももっと、黒に近い褐色をしている。

 そして。

 手から手首という、見える狭い範囲でも既に、多くの傷を持っていた。

 フードが取り払われると。

 そこには。

 沢山の傷の刻まれた顔と、二度と何も映さないだろう大傷の走る左の目。

 恐ろしい修羅場を、その身で知っている男だった。