アリスズ


 手を取られて、部屋に入る。

 少し前に来た部屋と同じかと思いきや、少しだけ違った。

 鮮やかな花が飾られ、テーブルには瑞々しい果物が盛られ、明るい光を放っていた。

 アディマなりに、景子を迎え入れようとしてくれたのだろう。

 これは、公式には残らない逢瀬。

 イデアメリトスの長も、その妹も知ってはいるが、彼らの内だけで秘められる奇妙な時間。

 それでも。

 それでも、いま景子は彼の手に触れているのだ。

 あたたかな体温と、美しい光をまとう青年の前に。

 扉を閉め、アディマは彼女の手を取ったまま、部屋の中へ中へと誘ってゆく。

 涼しい風が、緩やかに部屋の中を渦巻いている。

 ロジューも使っていた魔法だ。

 彼女の生む風よりも、肌をなでるような柔らかさがある。

 アディマらしい、優しい魔法。

「ケイコ…」

 もう片方の手も、取られる。

 両方の手を握り合うと、自然と向い合う形になった。

 顔を上げていられず、景子はうつむいた。

 その額に。

 温かな額が押しあてられる。

 アディマが頭を下げて、彼女の額と合わせたのだ。

 あっ。

 自分の鼻のすぐ向こうに、アディマの鼻がある。

 鼻同士が、触れあう。

 ああっ。

 その鼻が、すれ違うように横にずらされると。

 唇が。

 吐息が。

 景子の唇の、ほんの側にあるのだ。

「ケイコ…」

 掠れる囁きに、脳髄が焼ける。

 あああっ。

 唇は──すれ違わなかった。