ノッカーが、鳴った。

 勿論、景子はそれに応えられない。

 だが。

 そのノッカーの穏やかな音が、彼女に敵意はない訪問者だと、教えてくれる。

「申し訳ありません…」

 扉の向こうで、ダイが苦悶の声を漏らす。

 ああ。

 それで、誰が来たかが分かった。

 アディマだ。

 しかし、胸が躍りはしない。

 それどころか、悲しい気持ちでいっぱいになった。

「ケイコ…」

 声を聞くと、それだけで涙が溢れそうになる。

 ああ、彼は知ってしまったのだ、と。

 ロジューの事件の真相を。

 何故、そんなことが起きたのか、景子には理由は分からない。

 しかし、それはアディマにとって悲しい事だったはずだ。

 近づいてくる身体が、そっとベッドに腰かけたのが分かる。

 首だけでも、彼の方に向けようとする景子の頬に、優しく触れてくる手。

 それはとても温かく、生身の彼が来てくれたことが分かる。

「終わったよ…もう危ないことはない」

 安堵させる言葉を吐くというのに、心にはたくさんの痛みを抱えている。

 抱きしめたかった。

 彼をぎゅうっと抱きしめて、その痛い心を包みたかった。

 なのに、首ひとつ満足に動かせない。

「ア…ァ」

 彼の名を呼ぼうと、景子は喉を震わせようとした。

 喉に激痛が走り、身体が反射でのけぞろうとして、それがまた新たな身体の痛みを生む。

 痛みの連鎖に、彼女は必死で耐えなければならなかった。

「ケイコ…何もしゃべらないで。いいから…そのまま」

 炎の音が、聞こえる。

 温かい太陽の炎。

 それは、景子を焼くことなく、身体を温めるのだ。

「巻き込んで…本当に済まない」

 温かい炎が、彼女の身体から痛みを薄めてくれる。

 痛みで眠れなかった身体が、ようやくまどろみの縁に立つ。

 引き込まれてゆく睡魔の中。

 唇に──何か触れたような気がした。