アリスズ


「どう…なさいました?」

 そこで、アディマははっと我に返った。

 気づけば、テーブルの杯を倒していて、水がこぼれていたのだ。

「いや…」

 側仕えが寄ってきて、水を片づけてゆく。

 それを見るともなしに見ながら、アディマは苦笑を禁じ得なかった。

 違う。

 苦笑にしていなければ、ひどい笑みになってしまいそうだったのだ。

 景子が。

 あの彼女が、アディマに愛の言葉を囁いたのだから。

 それに心をひどく乱してしまい、分身をかき消してしまった。

 心配していないといいが。

 魔法の身体の説明をしていなかったので、突然消えた彼に、景子は驚いているだろう。

 だが。

 どこか、彼女は理解しているように感じていた。

 全てを理解していた上で、景子はアディマを抱き、そして愛を語ったのだ。

 ああ。

 いますぐに、この身で彼女の側に飛んで行きたかった。

 そして、この目で、この耳で、この唇で、景子の愛を浴びたいと願う。

 だが、焦ってはならない。

 この王宮に、彼女を何の問題もなく迎え入れる準備は、何も整っていないのだ。

 そのための布石として、アディマの妃候補に叔母を挙げたのだ。

 そう。

 仕掛けていたのは、アディマ自身。

 叔母なら、彼の意図していることをすぐにくみ取るはずだ、と。

 第一候補が叔母であるならば、他の候補が勝手に行動を起こせないのだ。

 何しろ彼女は、髪を伸ばせるイデアメリトスなのだから。

 そして、他の誰よりも血も近い。

 そんな彼女を差し置いて、誰が婚姻の策謀を出来ようか。

 だが。

 その出来ない横車を押してくる誰かが、この宮殿にいる。

 よりにもよって、叔母の命を狙おうとしたのだ。

 しかも、イデアメリトスの祭が始まろうとしているこの時に。

 何としてでも──陰謀の主を、捕えなければならなかった。