アリスズ


 ノッカーが鳴った。

 景子は、どきっと飛び跳ねる。

 ここは、ロジューの部屋。

 彼女はさっきの話を、一応イデアメリトスの長の耳に入れると、出て行ってしまったのだ。

 なかなか帰ってこないので、景子は怖くなっていた。

 この部屋には、ロジューの命を狙う魔法が仕掛けられていたのだ。

 また、何かされないとも限らない。

 そこで、ブルブル震えながら一人でいるところに、ノッカーと来た。

 ロジューが帰ってきたのなら、いきなりドアをぶち開けるだろう。

 だが。

「叔母上様?」

 扉の向こう側の声は──小さい少女のものだった。

 ロジューを叔母と呼ぶのは、イデアメリトスの長の子だけ、ではないのだろうか。

 答えられずに扉を見つめたままでいると、キィっとおそるおそる扉が開いた。

「叔母上さ…」

 褐色の首が差し込まれ、中でキョロキョロっとする金褐色の目と、ソファの景子の目がバチィっと合う。

 お互い、ぎょっとした顔をしてしまった。

「だ、だ、だ、誰!?」

「あわわ…ええと」

 景子は、とっさに自分のここでの身分を思い出せなかった。

 使用人や、側仕えという言葉もあるにはあったのだが、自分がそうだとはどうしても自覚できなかったのである。

「ええと…農林府の者です」

 とっさに、景子はそう名乗っていた。

 この世界での、彼女の唯一の職業だ。

「は? 農林府?」

 少女は、まったく意味を理解出来ていない。

 だが、景子は少しは理解した。

 この子って──アディマの妹じゃ、と。

 長い長い髪は、おそらく背より長いだろう。

 昔のアディマがそうだったように、首に幾重にか巻きつけているのだ。

 成人前の髪型をしているということは、小さく見えてももうちょっと年は上なのだろう。

 この少女も、そのうち捧櫛の神殿に旅立つのだろうか。

「何をしておる」

 そんな小さい襟首を、後方から伸びた長い腕が掴み上げる。

「あいたたた…叔母上様、はーなーしーてー」

 この部屋の主──ロジューが戻って来たのだ。