アリスズ


 梅をベッドに連れて行くまで、大変だった。

 アディマが離れた途端、女主人が男の背中の梅に張り付いて離れなかったからだ。

 どうやら、彼女の身につけている衣装が、気になって気になって仕方がないようで。

 袂や生地を確かめたり、帯をひっぱったり、背中から下ろして前の方から見ようとしたりするのを、はらはらしながら景子は見ていた。

 本当に、悪気がないのが困る。

 自分の好奇心を、満たしたくてしょうがないのだ。

 男も、女主人を無碍には出来ないようで、なかなか梅をベッドへ運べないでいる。

 言葉が通じないのが、とてもとてももどかしい。

 あわあわと、景子がしていると。

 菊を、先に置いてきた大男が戻ってくる。

 返り血まみれの菊の袴には、さすがの女主人も近づかなかったからだ。

 その大男が。

 一度、うるさそうに女主人を見た後。

「…──」

 ぼそりと何かをつぶやいて、梅を奪ってくれたのだ。

 ああっ。

 ぱぁぁっと、景子は顔を輝かせた。

 いい人だ。

 この大きな人は、いい人だっ。

 彼女は子犬のように跳ねながら、大男についていく。

 この一瞬だけは、疲れも忘れるほどだった。

 菊の隣のベッドへ梅を下ろし終えると、男はそのままズカズカと部屋を出て行こうとした。

「ま、待って待って」

 その身体を引きとめる。

 予想外だったのか、少し驚いた目で彼は振り返った。

 そして景子は、アディマにしたのと同じように、自分を名乗った。

 男は復唱こそしなかったが、それに頷いてくれる。

「…ダイエルファンティアムス」

 長い名前だったが、景子は何とかヒアリングできた。

 だが、それを何度も呼べるとは思えなくて。

「ダイ…さん?」

 と、日本人らしく敬称をつけたら。

 もう一度、名前を繰り返されてしまった。

 あ、いや、聞き取れなかったわけじゃなくて。

 でも、呼び捨てには出来ないし。

 えーと、えーと。

 景子の苦労は、まだまだ続くのだった。