アリスズ


「まったく」

 目を開けたら──ネイディが、こめかみに血管を浮かべていた。

 あれ。

 広く綺麗な天井。

 柔らかい背中のクッション。

 そろそろと起き上がると、自分がソファに横たわっているのが分かった。

「なんでそんなに無茶苦茶なんだ、お前は」

 頭から湯気を出しながら、同僚は怒っている。

 ああ、そうか。

 そんな大目玉は、耳に入ってこない。

 ダイが刺されたと聞いて、そこで全ての力が抜けてぶっ倒れてしまったのだ。

 ダイさん、大丈夫かな。

 大きくて力強い、彼のことを思い出す。

 少々のことでは、ビクともしない人に見えた。

 しかし、刺された──そう言われたのだ。

 怪我をしたでも、斬られたでもなく、刺されたと。

 刃物が垂直に人の身体に入る、という意味の言葉。

 その感触を、疑似体験してしまった景子は、ぶるっと身震いした。

 手術なんて技術は、きっとない。

 傷が、もし内臓を傷つけていたら。

 ソファに座ったまま、景子は再びどんどん青くなっていった。

「お、おい…」

 景子の異変に気づいたネイディが、説教をやめて近づいてくる。

 そんな時。

 ノッカーが鳴った。

「どうぞ」

 ネイディは、即座に返事をする。

 ノックを断る権利がないと、知っているかのように。

 そういえば。

 景子は、ぼんやりと扉の方へ視線を向けた。

 そういえば。

 ここは、どこ?

 その答えは──扉の向こう。

「失礼するよ…」

 金褐色の瞳が、そこにはあった。