アリスズ


 アディマアディマアディマ!

 領主の館の門に、たどりついた時の景子の頭の中は──それだけ。

 金属のノッカーを、気づいたら強く打ち鳴らしていた。

 落ち着かない様子の使用人が出てきて、それに更に景子は落ち着かなくなる。

「あ、あのっ、アディマ…じゃない、イデアメリトスは…ぶ、無事ですかっ!?」

 門ごしに、彼女は舌を振り回した。

「え? 刺されたのって、イデアメリトスの御方なのか?」

 ようやく景子に追いついたネイディが、心底ぎょっとした声をあげる。

 彼は、知らないのだ。

 どれだけ、大変な旅路をアディマが歩いてきたのか。

 だから、刺されたと聞いて、誰なのか連想出来なかったのである。

「ぶ、無事ならいいんです、無事なら…ぶ…」

 怪訝に景子を見る使用人の、唇は一向に開く気配がなかった。

 完全に、不審者の扱いなのだ。

 この屋敷に景子がとどまったのは、たった一日。

 しかも、もはや半年ほど前の話だ。

 忘れられていても、しょうがないだろう。

 早く。

 早く、無事だと言って。

 歯の根が合わなくなる。

 がたがたと、身体が震えるのだ。

「我々は、農林府の役人です。今朝方、イデアメリトスの御方のご出発の時にお会いしまして…街道で刃傷沙汰があったと聞いて、ご無事かと心配しております」

 そんな景子の後ろから。

 ネイディが、まったくとでも言わんばかりの音を含みながら、世にも美しい役所言葉を並べたのである。

 使用人は、景子を見て。

 その腕の、農林府のスカーフを見た。

 そして。

 門を開けないまま──こう言った。

「刺されたのは…護衛の方です」

 ほっと。

 景子は、ほっとしようとしたのだ。

 だが。

「ダイ…さん」

 めまいが、した。