アリスズ


 農村の仕事が終わり、景子たちが町に戻って来た時は、既に夕暮れで。

 この町にある農林府の支部に寄り、そこに今夜は泊めてもらう予定だった。

 だが。

 町は、いやに騒然としていた。

 さっきから、人々が集まっては噂話に興じているのだ。

「何かあったのかな?」

 ネイディが、顎を巡らしている間に、景子は既にその辺のおばさんを捕まえていた。

 彼に、『速ッ!』という目で見られるが、気にしていない。

 超ド庶民の彼女には、体裁など関係ないのだ。

「それがね、都への街道で、人が刺されたって言うんだよ」

 おお、怖い怖い。

 おばさんは、沈み行く太陽を仰ぐ。

「あんな警備の厳しい街道で…穏やかじゃないな」

 聞き耳を立てていたネイディが、表情を曇らせてぶつぶつと呟いている。

 だが。

 景子は、それどころではなかった。

 足元に、さぁーっと血が引いていく。

 安全な道だと、聞いていた。

 だから、景子は一人でだって行こうとしていたのだ。

 だが。

 誰かが刺されたという。

 誰か?

 今日、あの街道を通っていた一行が、いたではないか。

 刺される理由を、一番多く持っている人間が。

「ネ、ネイディ…りょ、領主の館…館に行かなきゃ!」

 震える唇は、思いと同じ速度では動かない。

 舌が回らずに、噛みそうになる。

「は? なんで?」

 景子の動揺の意味を気づかない彼は、とぼけた声を出す。

 ああ、もう!

 説明できる舌を、いまの彼女は持っていなかった。

 こらえきれずに、景子はだっと駆け出して。

 確か、こっち。

 足もまた、彼女の心の速度についていけず──もつれそうになった。