アリスズ


 農林府。

 その建物とやらの前で、ボルポッサム爺は景子を置き去りにした。

 彼の仕事は、あくまでも道案内ということだけだ。

 この役所へ入れるのは、景子一人。

 そして、帰りは自力で帰ってこなければならないと言われていたので、必死で道のりを覚えようとした。

 自信ないなあ。

 ただ、彼女を置いてくれた人は、この農林府の役人ということで、帰り道が分からなくなったら、仕事場で聞けば教えてもらえるだろうと言われ、少し心が軽くなる。

 まずは、中に入らなければ。

 門と同じ石材で出来ている建物に、足を踏み入れる。

「ええと…」

 入口にいたのは、刀を帯びた男。

 入ってきた景子に、ぎろりと視線を向ける。

「ブエルタリアメリー卿の紹介で来たんですが…」

 不審人物と認定されたら、たたっきられそうだったので、慌てて景子は自分の後見の名前を口にした。

 卿と呼ばれるのは、貴族の直系の、家督を継いだ者のみ。

 それ以外は、よほど大きな功績があり、認められた場合を除いてない。

 この場合、ブエルタリアメリー卿とは、リサーの父親にあたる。

 だから、リサーやリサーの叔父の尊称は、現時点では『様』ということになるわけだ。

 難しいしきたりを、彼は道中で景子に叩きこんだのである。

 全部覚えられるはずなどないが、とりあえず恥をかかない程度の知識は、身につけさせられていた。

「…卿の? しばし待たれよ」

 名前の威力は、絶大だった。

 その尊称を聞くなり、番犬の男は奥へとすっ飛んでいったのだから。

 そして、この太陽の照りつける地域においては、驚くほど青い顔のやせた男を連れて戻ってきたのだ。

 顔色を別とすれば、二の腕に結ばれた、緑と黄色のスカーフが印象的である。

「ああ、君が…話は聞いている」

 男は、しかめっつらで景子を見た。

 うわぁ。

 いかにも、建物の中から出ないと誓ったような肌の男に、景子は軽く汗を浮かべる。

 外に飛び出す彼女とは、あきらかに真反対に思える。

 うまくやっていけるかなあ。

 それが、とても心配になったのだった。