アリスズ


 陽炎が、立っていた。

 アディマバラディムルク・イデアメリトス・サハダビル17は、己の目を疑った。

 この中季地域で、陽炎が立つことなどありえないからだ。

 しかも、陽炎があるのは、幼い木の周辺のみ。

 景子が飛び込んだ、円の中だけである。

 何らかの魔法領域であるのを、アディマは気づいた。

 自然の生物は、ごくまれに魔法領域を作る。

 そのごくまれが、ここで起きたわけだ。

 しかし、その幼い木は、元々ここにあったものではない。

 ケイコが、連れて来た木だ。

 ニホン、という国から。

 暑季地域の木々のように、眩しい青葉をつけたその枝。

 その木に、ケイコはまるで語りかけるように触れる。

 彼女の指に触れた木は、激しく慟哭した。

 そのまま、木は一気に大きく育った──気がした。

 勿論、それは幻だ。

 しかし、アディマに幻を見せたのだ、この木は。

 この世界で、数少ない魔法の血を持つ一族、イデアメリトスである彼に。

 計り知れない力を、この木が内包している証拠だった。

 はっと、我に返った彼が見たものは。

 まだ、幻に捕らわれているケイコの姿。

 遥か高い位置にある、繁る青葉に目を奪われている。

 さぁっと、血が引いた。

 彼女の瞳が、違う世界を映したからだ。

 その黒い瞳の中に、見知らぬ野山や生き物が見えたのである。

 あの木は。

 ケイコを連れて行く木だ。

 それを、アディマは気づいた。

 おそらく、元いた場所へ。

 本当ならば、それが自然なことだ。

 彼女は、元々ここの住人ではないのである。

 帰りたくないはずもない。

 だが。

「ケイコ!」

 帰したく──なかった。