アリスズ


 菊の目に、狂いはなかった。

 アルテン自身が、手入れのされていない剣そのもののような存在で、手入れし、鍛えれば鍛えるほど、しなやかに美しく輝くのだ。

 たとえ、その顔が泥に汚れ、沢山の傷を皮膚に刻んで行こうとも。

 最初は、ただただ反抗的だったアルテンが、毎日鍛錬し、瞑想し、自分の振るう小剣へ信頼と愛着を増やしてゆくごとに、菊に対して態度が変わってきた。

 そして、心身の基礎鍛錬にメドがついてから、共に捧櫛の神殿へと旅を始めたのだ。

 代わりに、アルテンから言葉を習った。

 頭のいい男でもあった。

 まさに、精神さえ問題がなければ、文武両道の鑑として慕われていただろう。

 山で獣を仕留め、それを持ってたどりついた村で、一晩の宿を乞う。

 景子の恩恵を受けた村のルートを通っていたので、その同行者であった菊は歓迎された。

 おかげで、村長の家に泊めてもらえる手はずとなる。

 性別をあえて明らかにしていないので、アルテンと同室にされるが、菊はもはや何の心配もしていなかった。

 その、夜のこと。

 菊は、反射的にベッドから飛び起きていた。

 そのまま、隣のベッドのアルテンの掛布をひっぱがす。

 驚いて、彼は跳ね起きた。

「キク!?」

「何か来る…剣を取れ。村長…起こせ」

 既に、菊は腰に定兼を差して、寝室の扉を開ける。

 詳しい説明を、彼女は言葉では出来ない。

 とりあえず、後方のことをアルテンに任せ、菊は表へと出た。

 夜の村に、明かりなどない。

 ただ、ひたすらに真っ暗な中──遠くに複数の気配があった。

 それは、猛々しい気を隠し切っていない。

 気配におびえたのか、どこかで家畜がいなないた。

 10人、いるかいないか。

 盗賊か?

 品の悪い気配を舌先で舐めながら、菊はそちらの方へと歩み出したのだった。