菊の言う「付き合う」とは、今夜だけのことを指していなかった。

 これからしばらく、アルテンといるということは――アディマの旅から離れると言うことなのだ。

 そして、別れはあっさりとやってくる。

 翌朝、発つ準備をしながら、景子はもう泣きそうだった。

 アルテンは、全身筋肉痛らしく、まだ満足に動けないでいる。

 それを横目に、景子は頼もしかった旅の連れを見るのだ。

「…縁があれば、また会える」

 菊は笑うが、自分の中の不安は拭いきれない。

 日本語で話の出来る、同じ血を持つ人間と、こんなに広い国で別れなければならないなんて。

「景子を頼むよ…なんかあったら、私と若さんに一生恨まれるからな」

 彼女は、リサーに相変わらずの日本語で語り掛けている。

 その内容が気にならないくらい、景子は淋しさでいっぱいだった。

 出会いも別れも、あるがまま。

 彼らは、ちゃんと自分で道を決める。

 景子も、自分で決められるのだ。

 菊とゆくか、リサーと――要するにアディマとゆくか。

「菊さん…」

 呼び掛けると、彼女は微笑みながら振り返る。

 ああ。

 これまで、彼女には本当に助けられた。

 大らかで楽しくて、そして強い人だった。

「また…会いましょうね…また、きっと」

 心は、景子も決まっていたのだ。

 アディマの見ようとするものが、見たかった。

 先日の農村のように、景子でも役に立つものがあるかもしれない。

 この、重荷だった変な力も、うまく使えるかもしれない。

「そうだね…そうしようか」

 再会の約束は、苦手そうだった。

 けれど、苦手ながらに頷いてくれたのだ。

 言葉は控えめだが、きっと彼女は言ったからには、最大限の努力をしてくれる。

「若さんと…ダイによろしく」

 そして――別れてしまった。

 名前をはしょられた、シャンデルに同情する余裕は、景子にはない。

「そろそろ、泣きやんだらどうだ」

 前を歩くリサーに、うんざりした声をあげられてしまうほど、ボロボロに泣いてしまったから。