アリスズ


 夜。

 ようやく祭りは落ち着いて、景子はおばさんの家へと向かった。

 おばさんは、始終上機嫌で、小さい家をまるごと彼女らに提供してくれたのだ。

 旦那を早く亡くしていて、息子は一人いるが、19歳でちょうど旅に出ているという。

 今日は、兄のところに泊めてもらうと、彼女は出て行った。

「見事だね」

 小さい食卓の椅子に腰掛けながら、菊は目を細めながら景子を見る。

 この手品のタネは、彼女にはバレているので、「そんな」と恥ずかしくなってうつむいた。

 日本人だったから。

 植物に携わる仕事をしていたから。

 そんな景子の恥ずかしさを、もう一人理解してくれない人がいた。

「質問に答えてもらおうか…」

 リサーだ。

 彼女は、びくぅっと飛び跳ねる。

 尋問されるかと、思ったのだ。

 それくらい、上から目線の言葉だったのである。

 菊が、無粋だなとでも言いたげに、眉間を寄せた。

 言葉が全部分からなくても、語気などで伝わることもあるのだろう。

「何故、畑を水で満たす必要があるんだ?」

 しかし。

 彼の聞いてきたものは、尋問ではなく──疑問だった。

「何故、豆類の枯れ草を畑にまくんだ?」

 リサーは、彼女の言葉の理屈を知りたがっているのだ。

 あー。

 最初にここに来た時、景子はうまくしゃべれないまま、微生物の話を一生懸命しようとした。

 だが、その微生物の話を、彼にしてしまえば、こう聞かれるだろう。

『どうして、お前にそれが見えるんだ?』と。

 証明するには、顕微鏡がいるのだ。

「同じ植物を、同じ畑に続けて植え続けると…だんだん土が弱るの」

 景子は、その話を避けながら、とつとつと説明を始めた。

「豆の枯れ草をすき込むのは、違う種類の植物だから…土に違う栄養が入って…」

 そこまでは、何とか説明できた。

 しかし、水を張るのは、偏った微生物を窒息させるため。

「水は…ええと…昔からそう言われてるから、何でかよく分からないの」

 菊が、言葉を全部分からないのをいいことに、景子はそんな風にとぼけたのだった。