アリスズ


「ケーコ!」

 彼女を最初に呼んでくれた村人は、あのおばさんだった。

 たまたま畑を通りかかったのか、はたまた誰かが景子たちの再訪を教えたのか、おばさんは這いつくばる景子に向かって駆けてくる。

 名前も、ちゃんと覚えていてくれたようだ。

「おばさん!」

 景子も駆け寄りたかったが、すでに両手は泥で汚れているため、ついためらってしまった。

 ためらわなかったのは──おばさんの方。

 両手を伸ばし、いきなり彼女をぎゅうぎゅうに抱きすくめたのだ。

「ケーコ! あんたすごいよ! あの兄さんが、この穂の重みに、腰を抜かしそうになったんだから!」

 農婦の力は、非常に強い。

 その腕にぎゅうぎゅうにされてしまうと、景子の方が背が低いために窒息してしまいそうになる。

「どんな──を使ったんだい? ああ、あんたは、イデアメリトスの太陽の御使いに違いないよ!」

 興奮と感謝でいっぱいのおばさんの胸の中で、景子は呼吸を確保するので精いっぱいだった。

 しかし、話の中にイデアメリトスが出てきて、どきっとする。

 行きに寄った時は、まだそこまで言葉は得意ではなかった。

 だが、いまは違う。

 それは、アディマの血の一族のことだと分かるのだ。

「ああもう、今日は絶対に泊まっていっておくれよ! 御馳走するよ! それから、村の連中にもあんたの──を教えてやっておくれ!」

 ようやく景子をひきはがしながら、おばさんは彼女の顔を覗き込みながら、強く念を押す。

 よく分からない単語が、2回出てきた。

 どちらも、同じ発音だ。

 景子は首を傾げる。

『技術』のことかと思ったのだが、その言葉ならもう覚えたのだが。

「──?」

 景子は、首を傾げながら復唱してみた。

「イデアメリトスの話なら、子供だっておとぎ話で知ってるよ。不思議な力を持ってるだろ。その力のことさ」

 ああ。

 何となく…何となくだが、翻訳できそうな気がした。

『魔法』とかで、いいのかなあ。

 アディマのことを思い出しながら、景子はそんな単語をあてはめてみたのだった。