アリスズ


 村に到着した時。

 行きとは、逆方向から入ったために、景子はあの畑をすぐに見られないことを、とてももどかしく思った。

 畑は、村の反対側にあるのだ。

 足元に、火がついたように落ち着かなくなる。

 早く見に行きたくて、しょうがなかった。

「荷物、預かるよ」

 菊が、片手を差し出してくれる。

 どこへ行きたがっているかなど、もはやお見通しなのだ。

 たすき掛けに背負っていた荷物を、景子は首から抜いて菊に託す。

「じゃあ、ちょっと行ってくる!」

 ずっと歩いていたのに、彼女の足はまだ言うことを聞いてくれた。

 駆け出せたのだ。

「お、おい…」

 状況を呑み込めないリサーが、景子に何か言いかけた気がした。

 しかし、既に走り出した彼女の耳には、遠くに消えてゆく風に過ぎない。

 振り返る村人を後ろに送りながら、村を駆け抜けてゆく。

 そして。

 ザァっと。

 金色の穂が、光り輝き、風にうなりをあげている畑を見たのだ。

「………!」

 景子は、足を止め──それを見入るしか出来なかった。

 どこよりも重く、ずっしりと頭を垂れるその穀物の姿は、景子の目を奪ったのだから。

 開花の前に、即席の土壌改良が間に合ったおかげだろうか。

 美しいほどの光を、それは放っていた。

 ひとしきり、その光景を目に焼き付けた後。

 景子は、再び畑の土にはいつくばった。

 手が汚れるのも気にせず、土を掘り返す。

 生きてる。

 ちゃんと生きてる。

 確認する度に、景子は幸せでいっぱいになった。

 だから。

 追いついた菊が笑い、リサーがそんな彼女のみっともない姿にあきれていたとしても──まったく気づかなかったのだ。