アリスズ


「我が君! な、なんという!」

 リサーは、これほどの屈辱はないというほどに、目の縁を真っ赤にしていた。

「勝手に行きたいと言っているのです、二人の勝手にさせればよいでしょう!」

 まったくもって、おっしゃる通りでございます。

 景子は、いまのリサーには、1ミクロンも逆らう気などなかった。

 アディマの従者として、彼には誇りがあるのだ。

 それなのに、目の敵にしている景子に同行しろなど。

 彼は、随分無茶を言っている気がした。

「リサードリエック…」

 アディマは目を閉じて、穏やかな声でその名を呼ぶ。

「お前は、ケーコの話を聞いてたかい?」

 開いた瞳は、艶やかなカラメル色の金。

 深い迫力さえ含むその色が、リサーに向けられている。

「き…聞いていました」

 答える声を聞きながら、景子も一緒に首をひねっていた。

 一体、彼女の話とリサーに、何の関係があるというのか。

「ケーコは、自分のしたことで穀物の収穫が上がったかどうか、様子を見に行きたいと言った…これの意味することを、お前ともあろうものが分からないのか?」

 瞬間、従者は硬直した。

 何か、強い衝撃を受けたかのように。

「この穀倉地帯は、この国でも有数の食料を生み出す地域だ。だが…年々、収穫は落ちている」

 作付面積は変わらないというのに、だ。

 アディマの、憂う声。

 ああ、そうか。

 景子たちにとって、食料とは単なる食料に過ぎない。

 だが、国を治める者にとっては、食料は食料であり、税であり、そして民を満足させるためのものでもあるのだ。

 食料の生産が減れば、税は下がり国庫は枯れ、民の不満も上がる。

「わ、分かりました…」

 喉から搾り出すように、リサーは答えた。

 彼は、いつか政治に参加することになるのだろう。

 だからこそ、アディマは彼に同行しろというのだ。

 景子が何をしたか、その目で知るために。

「デジュールボワンス卿の屋敷で、到着を待っている」

 優しいアディマの声が、優しさだけで出来ているのではないと──分かった。