アリスズ


 日がたつつれに、景子も落ち着いていった。

 アディマは、あの話を蒸し返すこともなく、リサーに至っては口に出したくもないようで。

 あれは、夢か聞き違いだったんじゃ。

 景子の逃避は──着々と進んでいた。

 そんな、ある日。

 峠を越えると、視界がいきなり開けた。

 一面の穀倉地帯が、景子の眼下に広がっていたのだ。

 素晴らしい平野の眺め。

 実りが近いらしく、畑は色づき始めていた。

 あ。

 景子は、ふと南側を見た。

 行きに菊と二人で通ったルートは、そっちの方だったのだ。

 あの畑は、どうなっただろうか。

 連作障害の出ていた、穀物畑だ。

 無事、実りは増えているだろうか。

 冬のない地域だから、刈り終えたらまたそう遠くなく、次の穀物を植えるに違いない。

「なに? あの村に寄りたいの?」

 菊が、遠くを見るように伸びをする。

 彼女も、忘れてはいなかったようだ。

「南の方、だよね…多分」

 南に抜けて、そしてもう少し西に向かえば、またたどりつけるはず。

 だが、あいまいな記憶でもあった。

「そうだね…確か。じゃあ、行こうか」

 何と気楽に。

 菊は、南へと顎を向けるのだ。

「あ、いや…そんないきなり」

 今度は、二人旅ではないのだ。

 進路を決定する権利など、景子にはない。

「何も、ずっと一緒に旅をしなくてもいいんじゃない? どこかで合流できればいいし、最悪、梅のところで会えるんじゃないかな」

 菊は、とても身軽な発想をする。

 梅が残る時も、リサーに追い出された時も。

 人の出会いと別れは、あるがままに任せればよいと思っている気がする。

「ケーコ?」

 後方の騒動に、アディマが足を止めて振り返る。

 あああ。

 ど、どう、説明しよう。

 しがらみだらけの景子は、覚悟も決め切れずあたふたとするだけだった。