アリスズ


「リサードリエック…」

 あの、意思のある声が、忠実なる従者の名を呼んだ。

 はっと、景子が振り返ると──アディマとダイが、こちらに向かっているのが見える。

 慌てて、女たちは脇へとよけた。

「準備は整われましたか、我が君」

 リサーは、目を伏せている。

 アディマの目を見ると、何か咎められるとでも思っているのか。

 と、人の心配をしている場合ではなかった。

 景子は廊下の脇で、ガクブルの続きをするしかないのだ。

 無意識に、菊にしがみついている自分に気づかないまま。

「ああ、いつでも出発できるよ」

 リサーの名を呼びながらも、彼は特別用事のある言葉は投げなかった。

 そして。

 女性たちの方へと、彼は視線を向けるのだ。

「おはよう…今日もいい朝だね」

 その言葉に、シャンデルは深々と腰をかがめる。

 景子も、そうしようと思ったのだが、足がうまく動かせない。

 菊にならって、頭を下げるので精いっぱいだった。

 そんな彼女に、アディマは優しく微笑んでくれるのだ。

 ああああ、そんな目で見ないでぇ!

 自分の、女としての無能さとか至らなさとかを隠している、押入れのふすまを開け放たれてしまう気がしたのだ。

 隠しているものが、そこから雪崩のように滑り落ちてゆくというのに。

 一生懸命、ふすまの戸を抑えながら、景子は赤くなったり青くなったり忙しかった。

「じゃあ、行こうか」

 そう言って、アディマは男二人を従えて歩き始める。

 シャンデルが続く。

「大丈夫? 景子さん」

 しがみついたままの彼女に、菊が一声かけてきた。

「う、うん」

 ようやく手を離し、景子は深呼吸した。

 どうしたらいいのか分からないままでも──また旅は続いてゆくのだ。